2018年1月6日土曜日

障害者はもっと自信を持つべきだ

障害者はもっと自信を持つべきだ。
健常者は障害者が勝てる土俵を作らずに
障害者を活躍させないことをしている。
例えばトイレ掃除なんてうんこを触ることに抵抗がある
健常者がやるより、そういうことに平気な
知的障害者がやった方が効率が良い。
家庭のトイレの汲み取りも汲み取る作業は知的障害者が行い、
健常者は車の運転とお客様への対応だけをすれば良い。
老人の介護もうんこの付いたものの洗濯や掃除を
知的障害者にやってもらい、健常者は老人の対応だけをする。
それだけでずいぶん障害者を活用できるし効率も良くなる。
知的障害者だけでなく、犯罪者脳の弱者でも
うんこを触ることには抵抗が無い。
また、死体処理も死体に抵抗のある健常者よりも、
犯罪者脳の弱者や知的障害者・精神障害者にやってもらった方が効率が良い。
引きこもりに深夜に駅や公園のトイレ掃除をさせても良い。
引きこもりだったら夜の怖さに抵抗は無いし、
深夜に働くことに関してはむしろ得意なくらいだ。
客がたくさんいる昼間にトイレ掃除をして客の邪魔をするより、
夜中にトイレ掃除をした方が客もストレスが減るでしょう。
また、深夜の防犯にも役立つし、一石二鳥だ。
そういう知的障害者や犯罪者脳弱者や引きこもりを
活用しないなんて非常にもったいない。
そのような例はたくさんあり、
障害者などの弱者は自信を持って自分の意見を言うべきだ。

歩行者は車の奴隷ではない

車の運転手にペコペコして歩道を通る歩行者が
たくさんいることは問題だ。
交差点で車が待っているところを無理に小走りで
通る人も問題だ。
そういう人が車を運転する人を王様気分にさせてしまう。
そして横柄な態度で歩行者を見下すことをしてしまう。
もともと車なんて歩行者と比べると
ゆったりシートに座って冷暖房完備で雨水も入らない
場所にいるので、少々停まったりゆっくり走っても
さほど負担にはならないのだ。
だったら歩行者が必死で通っているのを待ってあげるのが
車を運転している人のマナーではないのでしょうか。

親と同居よりも一人暮らしの方が簡単だ

経済的理由で一人暮らしができない人が
仕方なく親と同居する羽目になっている。
息子や娘が20歳を超えたら親は子育て義務を
解除するシステムが欲しい。
息子や娘が何かあったとしても親の責任に
ならないようにシステムを変えて欲しい。
親と息子(娘)の関係ではなくて、
同居人という関係として処理して欲しい。
そして息子(娘)が大きな病気をしたりしても
放置しておけば良いと思う。
病気が悪化した責任を親は負わなくても良いシステムが必要だ。
また、親と息子(娘)のどちらかが貧困でもう一方が金持ちの場合、
貧困の方が生活保護を受けても良いという法律に変えて欲しい。

経済的理由は無くても、一人暮らしは無理だから
やらせない親がいるけど、親と同居の方が難しいと思う。
親と同居だといろいろ家の規則に従わなくてはならずに、
家の規則に従う能力の無い場合、
かえって一人暮らしをした方がうまく行く場合だってある。
例えば親が息子(娘)が食べれない食事を用意した場合や、
夏の昼間にシャワーが浴びれなくて汗だくで苦しんだり、
そういう我慢が能力的にできなかったら問題が起きる。
また、親と同居だと上下関係ができて、
息子(娘)が親に逆らえないから、息子(娘)にとって生活しにくくなる。
それが能力的にできなかったら発病などの問題が起きる。
要は親と同居よりも一人暮らしの方が簡単だと言うことだ。

今のシステムは経済的理由で親と同居しなくてはならない
息子(娘)が生活保護を受けることができない。
その割には親は息子(娘)が20歳を過ぎても子育て義務があり、
息子(娘)が何かあった時に親が責任を持たなくてはならない。
そうなると親は息子(娘)にパワハラをするのです。
親と息子(娘)に上下関係ができると、
それを利用してパワハラをするという問題がある。
だから同居している親と息子(娘)は同居人としての関係にする必要がある。

父と母はまとめて親と言う呼び方があるが、
息子と娘はまとめて言う呼び方が無いのは不便だ。
子供と言えば良いのだろうけど、
20歳を超えた人に子供と言うのはどうかと思う。

犯罪を3つに分類して処理する案

犯罪は計画犯と感情犯と無知犯に分けて処理する案。
計画犯とは犯罪と知っていて計画的に行う犯罪。
感情犯とは感情的な怒りなどで犯罪をしてしまったケース。
無知犯とはこれが悪いこととは知らずに
犯罪になってしまったケース。
計画犯罪は今まで通り普通に逮捕して罰則を与えて、
犯罪歴に残るようにする。
感情犯罪は無罪にして精神治療強制で犯罪歴に残らないようにする。
無知犯罪は無罪にして教育強制で犯罪歴に残らないようにする。

2018年1月2日火曜日

自分にしても良い暴力は人命に係わらない暴力だ

普通リストカットって隠れてやるものでしょ。
もしかまってちゃんだったら人前でやるはずだ。
だからリストカットはかまってちゃんではない。
リストカットなんて自殺と同じだから、
リストカットなんていう言葉を新しく作らなくても
自殺未遂でいい。
自傷と自殺は同じものだから、
わざわざ自傷と言う言葉を作って自殺と別に扱う必要は無い。
自傷は人命に係わることだから問題になっている
わけであって、ビンタや病苦の演技で人が死ぬことは無い。
だからセルフビンタや偽嘔吐や痛い苦しいの演技は自傷では無い。
暴力でも腹パンチだったら内臓が破裂して死ぬことはあるが、
ビンタで死ぬことは無い。
ビンタくらいの暴力だったら、他人にやるのはともかく、
自分にやったり他人の了承済みでやったりすることは何も問題は無い。

自称幸せの人が多いことは良いことだ

きょうの誕生虫と虫言葉のアンケートで
自称幸せの人がいっぱいいるけど、
どういう神経をしているのだろう。
そんなに幸せだったら政治に文句を言うのは間違っている。
政治のおかげで幸せになったのだから、
むしろ政治に感謝をするべきだ。
民主主義とは政治に意見を言うことであって、
文句を言うこととではない。
意見とは不平不満を言うことでなく提案も同時にすることだ。
提案をしない不平不満だけのものは意見ではなく文句であり、
民主主義とは違う。
政治家も神様ではないのだから国民の愚痴を聞いて、
それで良いわけではない。
政治家だって人間なのだから、国民にこんなに
いじめられたらグレて、汚職や天下りをするのは当然だ。
また、自称幸せの人がいっぱいいると言うことは、
今の政治に満足している人が多いと言うことだろう。
自分は不幸だけど、自称幸せの人が多いことは良いことだ。

2018年1月1日月曜日

メンヘラや障害者に仕事しろ

メンヘラや障害者に仕事しろと言う人がいるけど、
仕事をしても何も役に立たないだろう。
それよりも小説でも書かせた方が良い。
メンヘラや障害者は小説を書かせたら名作ができる。
メンヘラや障害者は音楽をさせたら名曲ができる。