障害年金は生活保護と統合させるべきだ。
障害年金なんてくだらないものがあるから
生活保護をもらえる人を障害者にして
受給料を少なくしたりできるのだ。
生活保護も障害年金もぜんぶ生活保護にして
障害年金を廃止すれば良い。
生活保護は名前が悪い。
政府謝礼金に名前を変えるべきだ。
政府が作ったこんなつらい世の中で生き続けて
くれてありがとうという謝礼という意味だ。
あるいはネットで情報発信をしてくれた
利益の無い社会貢献のお礼に政府謝礼金だ。
もしくは政府謝罪金という名前でも良い。
生活が苦しくなったのは政府の政策の責任も
強いので、政府が謝罪すると言う意味で
政府謝罪金が良い。
2020年1月31日金曜日
2020年1月30日木曜日
少しでもおかしなことがあったら疑っても良い
昔私は景気が悪いの意味が分からないと言っていて
祖母にそんなことも分からないのかと
言われたが実はそれが正しかったのだ。
マスコミは良くそういう意味の分からない言葉を使う。
良く考えたら経済用語としてはあいまいで
道理の通っていないおかしな言葉なのだ。
意味が分からなくて当然だ。
マスコミや政府が言っていることで
少しでもおかしなことがあったら疑うべき。
そして少しでもおかしなことがあれば
それはプロパガンダだと判断しても良い。
祖母にそんなことも分からないのかと
言われたが実はそれが正しかったのだ。
マスコミは良くそういう意味の分からない言葉を使う。
良く考えたら経済用語としてはあいまいで
道理の通っていないおかしな言葉なのだ。
意味が分からなくて当然だ。
マスコミや政府が言っていることで
少しでもおかしなことがあったら疑うべき。
そして少しでもおかしなことがあれば
それはプロパガンダだと判断しても良い。
2020年1月29日水曜日
「景気が悪い」の正体
「景気が悪い」は政府とマスコミが作ったプロパガンダ用語だ。
そもそも「景気が悪い」とか「不景気」とかの言葉は
日本語として成り立っていない。経済用語としてもおかしな表現だ。
低消費はワークシェアリングで給料を減らせば何も問題は無い。
低収入でも低消費だから金銭的余裕はそのまま変わらない。
また、低消費でやるべき仕事が減ると
休みが増えるような良いこともある。
「景気が悪い」の本当の正体はそういうことなのだ。
政府も民間企業も景気が悪いことを口実にして
庶民に不利な政策を意図的に行っている。
国民を苦しめるためにわざと行っている。
ほとんどの人はそのことに気付かずに騙され続けている。
景気が悪いから給料を減らして、リストラで解雇して、
取引先からはめちゃくちゃな注文を受け、
社長は景気が悪いことを口実にして厳しくなって
従業員を規則で縛ったり怒鳴ったりいじめたりしている。
それらが悪だとは知らずに景気が悪いから
しょうがないと、ほとんどの人は信じ切っている。
そもそも「景気が悪い」とか「不景気」とかの言葉は
日本語として成り立っていない。経済用語としてもおかしな表現だ。
低消費はワークシェアリングで給料を減らせば何も問題は無い。
低収入でも低消費だから金銭的余裕はそのまま変わらない。
また、低消費でやるべき仕事が減ると
休みが増えるような良いこともある。
「景気が悪い」の本当の正体はそういうことなのだ。
政府も民間企業も景気が悪いことを口実にして
庶民に不利な政策を意図的に行っている。
国民を苦しめるためにわざと行っている。
ほとんどの人はそのことに気付かずに騙され続けている。
景気が悪いから給料を減らして、リストラで解雇して、
取引先からはめちゃくちゃな注文を受け、
社長は景気が悪いことを口実にして厳しくなって
従業員を規則で縛ったり怒鳴ったりいじめたりしている。
それらが悪だとは知らずに景気が悪いから
しょうがないと、ほとんどの人は信じ切っている。
2020年1月27日月曜日
妄想のメカニズム
何も無いところから妄想を作ることは可能なのか?
それは不可能である。
何らかの記憶を入れないと妄想はできない。
記憶からかけ合わせたり膨らませたりすることが妄想である。
記憶の無いところから妄想は生まれない。
その記憶をお金を出して買う必要がある。
それにより妄想時代の経済がまわるのである。
しかし、なぜか自然界のものを見ることと
自然界の音を聞くことと
自然界の空気を吸うことは無料でできる。
それらを無料で入手することで妄想の元になる記憶ができるのである。
つまり、妄想は無料でできるものなのだ。
でも、世の中には妄想の邪魔をするものがある。
それをシャットアウトするものを有料で提供すれば
妄想時代でも経済がまわる。
それは不可能である。
何らかの記憶を入れないと妄想はできない。
記憶からかけ合わせたり膨らませたりすることが妄想である。
記憶の無いところから妄想は生まれない。
その記憶をお金を出して買う必要がある。
それにより妄想時代の経済がまわるのである。
しかし、なぜか自然界のものを見ることと
自然界の音を聞くことと
自然界の空気を吸うことは無料でできる。
それらを無料で入手することで妄想の元になる記憶ができるのである。
つまり、妄想は無料でできるものなのだ。
でも、世の中には妄想の邪魔をするものがある。
それをシャットアウトするものを有料で提供すれば
妄想時代でも経済がまわる。
面接対策教育は奴隷従業員育成教育である
企業を偉そうにさせる面接対策教育は意図的だ。
面接対策教育は面接を異常なくらいきっちりさせて教育している。
細かいところまで厳しく決められる就職試験と面接の教育で、
企業が横柄になってやりたい放題している。
そのため企業や上司の言うことはしっかりと服従する
奴隷従業員があとを絶たない。
それで企業は従業員を味方にして集団で悪さをしている。
自分の意見を言わない従業員と上司に反論しない従業員が
生まれるこの教育制度をなんとかすべきである。
面接対策教育は奴隷従業員育成教育である。
面接対策教育は面接を異常なくらいきっちりさせて教育している。
細かいところまで厳しく決められる就職試験と面接の教育で、
企業が横柄になってやりたい放題している。
そのため企業や上司の言うことはしっかりと服従する
奴隷従業員があとを絶たない。
それで企業は従業員を味方にして集団で悪さをしている。
自分の意見を言わない従業員と上司に反論しない従業員が
生まれるこの教育制度をなんとかすべきである。
面接対策教育は奴隷従業員育成教育である。
2020年1月26日日曜日
障害者に本音を言えない健常者、子供の「あれもダメ、これもダメ」
すべての健常者は障害者のいない世界を望んでいる。
そしてすべても健常者はそのことを言えない。
「障害者なんてみんないなくなってしまえ」と
みんな思っているはずだ。それなのに言えない状態なのだ。
それにより、そういうことを言っている健常者はいない。
障害者団体や人権屋の圧力が非常に強いためだ。
だから腰抜けの健常者はそういうことが言えないのである。
前に書いた通り、健常者が障害者を嫌うのは障害者が
障害者の特性を生かした社会的活躍を社会がさせないからだ。
そのため障害者がただの邪魔な存在になっている。
また、それは子供も同じことである。
能力は大人も子供も同じなのに、子供には
「あれもダメ、これもダメ」と言って何もやらせないのだ。
それで社会的活躍をしない子供はただの邪魔な存在になっている。
「あれもダメ、これもダメ」のもうひとつの恐ろしいことは
子供に暇を作ってしまうことだ。
何もやることが無いから子供は悪いことをしてしまう。
心に暇(ゆとりではない)があるから心が悪になってしまうのである。
そしてすべても健常者はそのことを言えない。
「障害者なんてみんないなくなってしまえ」と
みんな思っているはずだ。それなのに言えない状態なのだ。
それにより、そういうことを言っている健常者はいない。
障害者団体や人権屋の圧力が非常に強いためだ。
だから腰抜けの健常者はそういうことが言えないのである。
前に書いた通り、健常者が障害者を嫌うのは障害者が
障害者の特性を生かした社会的活躍を社会がさせないからだ。
そのため障害者がただの邪魔な存在になっている。
また、それは子供も同じことである。
能力は大人も子供も同じなのに、子供には
「あれもダメ、これもダメ」と言って何もやらせないのだ。
それで社会的活躍をしない子供はただの邪魔な存在になっている。
「あれもダメ、これもダメ」のもうひとつの恐ろしいことは
子供に暇を作ってしまうことだ。
何もやることが無いから子供は悪いことをしてしまう。
心に暇(ゆとりではない)があるから心が悪になってしまうのである。
幸福平等の法則・能力平等の法則
能力は大人であっても子供であってもみんな同じである。
先輩であろうと新人であろうと男であろうと女であろうとみんな同じだ。
能力のパラメータは様々なジャンルのものがあり、
それらを全部足すと人の能力はどんな人でも同じである。
だから上下関係なんて作ってはダメなのである。
また、格差も作ってはダメなのだ。
それと同時に幸福の量もどんな人でもみんな同じである。
幸福度とは状況が上がる時に高くなり、状況が下がる時に低くなる。
状況が高い時や状況が低い時は幸福度は変わらない。
更に幸福度が高い人は少し状況が下がっただけで
幸福度が低い人より落ち込みが激しくなり、不幸度が上がる。
逆に幸福度が低い人は少し状況が上がっただけで
幸福度が高い人より幸せを感じる量が多くなる。
だから状況の良さと幸福度は一致しないのだ。
状況の良さ、つまり貧乏人も金持ちも幸福度は同じである。
いじめられている人といじめられていない人とでも幸福度は同じである。
それが幸福平等の法則である。
また、前述から能力平等の法則も成り立つ。
先輩であろうと新人であろうと男であろうと女であろうとみんな同じだ。
能力のパラメータは様々なジャンルのものがあり、
それらを全部足すと人の能力はどんな人でも同じである。
だから上下関係なんて作ってはダメなのである。
また、格差も作ってはダメなのだ。
それと同時に幸福の量もどんな人でもみんな同じである。
幸福度とは状況が上がる時に高くなり、状況が下がる時に低くなる。
状況が高い時や状況が低い時は幸福度は変わらない。
更に幸福度が高い人は少し状況が下がっただけで
幸福度が低い人より落ち込みが激しくなり、不幸度が上がる。
逆に幸福度が低い人は少し状況が上がっただけで
幸福度が高い人より幸せを感じる量が多くなる。
だから状況の良さと幸福度は一致しないのだ。
状況の良さ、つまり貧乏人も金持ちも幸福度は同じである。
いじめられている人といじめられていない人とでも幸福度は同じである。
それが幸福平等の法則である。
また、前述から能力平等の法則も成り立つ。
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